三日坊主のつぶやき -cootanと私  そして める -

愛猫クータンが☆になって  2代目 める と お花の日々
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もっと怒濤の急展開

いやはや、世の中何が起こるか本当にわからない。

大地震と津波に襲われてから20日も経っていないのに、この間にどれだけ多くのことがあったことか。

いろんなことに怒り、いろんなことに感謝して。


でも、Mayu-☆家、やっとどうにか落ち着くことが出来たような気がします。



これまでの経過を、記録のために書き留めておきます。



3月11日(金)  午後2時46分   大地震と、それによる大津波が発生。

          父の入所している介護施設が倒壊。

          夜になって、父は奇跡的に救出されていたことが判明。

          施設が壊滅状態のため、自宅に引き取られる。


3月12日(土)  第一原発の爆発により、20キロ圏内の住民に避難指示。

          夜、兄が両親を連れて自主避難。(自宅は原発から24キロくらい)

          土地勘もなく、停電で真っ暗なため行き先が決まらず、川俣村で車中泊。
       
3月13日(日)  福島市に移動するも、行き先が決まらず、車中泊。

3月14日(月)  飯舘村草野小学校の避難所に落ち着く。

3月16日(木)  飯舘村一号館に移動。

3月18日(金)  レオをピックアップして東京に連れて来ていただく。

3月19日(土)  避難所の閉鎖に伴い、郡山の避難所に移動。
          (寝たきりの父がいるため、避難のバスには乗せていただけず。
           歩ける人だけ乗車OKとのこと。もちろんペットも不可)

          東京で、レオを引き取る。

3月20日(日)  取手市の介護施設で、父を受け入れていただけることに。

3月22日(火)  各方面のご協力をいただき、郡山から取手市の介護施設まで搬送していただく。

          その施設まで母を迎えに。


とまあ、時系列的にごくごく簡単に書くとこんな具合で、震災後10日ほどで、父と母は何とか落ち着くことが出来ました。

周りの方たちにとても良くしていただき、こんな状況の中では最高にラッキーな展開だったと思います。








今、父は介護施設の方で面倒をみていただいています。

取手まで搬送していただく日の朝、少し熱を出してぼんやりと意識がない状態になった父、到着した時にも呼びかけに全く反応せず目を閉じたままで、このまま寝たきりになってしまうのでは?と言うこちらの心配をよそに、翌日からは車椅子に座れるようになりましたし(かなり傾いていたりはしますが>爆)、笑顔を見せたりもするようになりました。

驚いたのは、怪我は頭だけではなかったこと。

施設に到着して、院長先生が診てくださった際、肩のあたりにものすごい打撲の跡がありました。

被災後11日も経っていたので、ひどく内出血していたのが黄色く変色して、かなり広範囲にそんな状態。
直後はずいぶん紫色になったでしょうし、父もだいぶ痛かったのではないかと思います。

頭の傷も、絆創膏を貼ってあったところ以外にも切り傷がありましたし、手の甲にも深い傷跡がかさぶたになっていて、津波の中から助け出していただく際に、どんなに大変だったか、改めて思い知らされました。

母から聞いた話によると、病院はてんやわんやの状態で、きちんとした引き継ぎもなく、とにかく家に連れて帰ってください、とのことで、病院の着物を着せられた状態の父を連れて帰宅したそうです。

もちろん父はずぶ濡れで泥をかぶった状態だったとのことで、髪も耳の辺りも泥だらけだったと言っていました。

まさに「九死に一生を得た」というところだったのでしょう。



取手市の介護施設では、診てくださった先生が、念のため肩のレントゲンを撮った方がいいとおっしゃるので、25日に肩のレントゲンと、脳のCTを撮っていただきました。

頭の方は脳内の出血もなく大丈夫だったのですが、肩の打撲はやはり鎖骨を骨折していました。

ただ、手術などの必要はなく、力をかけないようにしておけば直るとのことで安心しました。







私のところで一足先に落ち着いたレオですが、みおんがレオ兄ちゃんにシャーシャー怒ったのは、たった二日だけ。

3日目からは思い出したらしく、以前のように「うるる♪」と飛びついて行くようになりました。

レオさん、大迷惑(笑)

もう最近では、2匹でくんずほぐれつ仲良く遊んでいます。


ところが、そのレオにもまたまた大変なことが・・・



長くなるので、それはまた日を改めて。


2701beni.jpg



Comment

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えええ~っ、読み切りじゃないの?(←不謹慎)
レオちゃんがどうしたのかしら?
膀胱炎かしら?(←それはこの前までのタラ)
お母上は上京なさったんですね。
この混沌とした震災後の日々をよくぞくぐり抜けて
ここまで持ち込みましたね。さすがです。
お父上もちゃんとしたところで見てもらってるし。
Mayu-☆さん 、すごい。
でも、連載....
2011年03月30日(Wed) 00:19
編集
え~っ連載なの?(←同じく不謹慎)
レオちゃんに一体何が???
とても気になる・・・。

Mayuー☆さん、死ぬほど心配したり、これからの対策で頭を悩ませたりとホントに怒涛のような期間でしたね。
それを尽力をつくされひとまずは落ち着かれたようで少し安心しました。
いやはやなんとも言葉がありません。
でもまだまだ収束したわけではないので、早く元の生活に戻ることが出来るようにと祈るばかりです。

しかし・・・レオちゃんに何があたのだろう?むむむ!
2011年03月30日(Wed) 02:03
編集
それぞれのご家族の点と点の展開がひとつの線となって
繋がって行ったのですね。
箇条書きにすると何行かでおさまる出来事も
恐らくその行間の間に沢山の痛みや涙、そして不安、喜びがあったと感じます。レオくん心配ですが大事に至らない事信じてます。
2011年03月30日(Wed) 09:08
編集
えええええ~~~~続くぅ~~~(←まったく不謹慎)ごめんね。

お父様!強い!
お母様も強い!今は東京に来られているのですね。
少しでも安らかな気持ちになれますように!
2011年03月30日(Wed) 11:13
こそっと
編集
続きは 
私めのmixiのつぶやきでちょっとだけ分かります。
ってたぶん待ちきれない方のためにつぶやいてみました^^
2011年03月30日(Wed) 12:19
Mayu-☆家の怒涛の被災記録…
編集
ハラハラしながら読ませて頂いていましたが
なんとか一つの山を越えられた様ですね…

それにしても、この未曾有の災害の中
困難を乗り越えられたMayu-☆さんのご両親の
生命力の強さ、運の強さに驚嘆するばかりです。

Mayu-☆さんの強さ・優しさは
このご両親譲りなんだろうな~と思いました^^

それにしてもレオくんに何が起こったのか
気になりすぎてハゲそうです。
2011年03月30日(Wed) 16:35
編集
飯舘の水が騒がれだした頃から、これからまた、大変だな。きっと迎えに行くようになるんだろうな、と思ってました。

それにしても、無事に落ち着いて良かったです。
お父様も、笑顔が出るようになってよかった!鎖骨の骨折、打撲、本当に痛く、怖い思いをしたでしょうね。大変でしたね。
レオちゃん、今は元気そうに感じますが、何があったのかな?きっと、すごいストレスだったよね。

お母様も、ゆっくり休んでいただきたいです。

原町のSAIYAというお店のご主人のブログを見て、あちらの様子に思いを馳せています。 http://blog.goo.ne.jp/shigeki2121

また、静岡の原発を停止してもらおう、という署名活動を始めている方々もおり、さらに、近くの動物病院に行ったら、ペット同伴の受け入れ先を提供してもらいたい、という署名もあり、どちらにも署名させていただきました。

早く、原発に目鼻がついて欲しいです。

2011年03月30日(Wed) 18:10
編集
お疲れ様でした。これからもお忙しいとは存じますが、とりあえず色々と対処なされたことで安心できるようでよかったです。レオちゃん…のんびり暮らせますように。
2011年03月31日(Thu) 14:38












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