三日坊主のつぶやき -cootanと私  そして める -

愛猫クータンが☆になって  2代目 める と お花の日々
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近場に移動しました

震災から5日目。
震災直後から比べると、電話もだいぶかかりやすくなってきた気がします。

今日は、これまでに兄とも母とも連絡がついて、特に母とはゆっくり話すことが出来ました。



二日間の車中泊の後、幸いなことにとても良い避難所にお世話になることが出来た両親。

一番心配だったのが、ほぼ寝たきりになってしまった父のオムツの交換ですが、小学校なので、その都度保健室に運んでくださって、保健士の方もいらっしゃるということで、大変よく面倒を見ていただけていました。
ちゃんとプライバシーにも考慮してくださって、わざわざ保健室で交換してくださるとは、本当にありがたいことです。
たとえ父本人は何もわかっていないとしても。
ただ、6人かがりでその都度運ぶものですから、お手数をおかけすることに母はとても恐縮していました。

避難先の地元の方たちは、本当にいい方ばかりで、避難して来た人たちの面倒をとても良く見てくださるそうです。
いろいろ気遣ってくださって、ほんとうにありがたいと、母も言っていました。


ところが、やはり暖房用の燃料不足のため、寒さだけはどうすることも出来ません。
床に寝かされている父の低体温症が心配されるようになり、スタッフの方が、近くにある別の避難所への移動を手続きしてくださいました。

そこはそれまでのところより施設も新しく、床暖房が入っているとのこと。
本当に、何から何まで細やかなお心遣いをしていただきました。
真冬並みの寒波が来ている今はなおさら、本当にありがたいことです。


さきほど、移動を済ませた母から連絡がありました。

父は、ベッドのある部屋に寝かせていただけたとのことです。
目の前には立派なクリニックもあって、診察もしていただき、お薬も処方してもらえたとか。
それに、そこにもヘルパーさんのボランティアの方がいらっしゃったそうなのですが、なんと!

父が入っていた 津波で倒壊した介護施設の方だったのだそうです。
同じ施設内ではありますが、別の棟でお仕事をされていた方なので、父を直接お世話していただいていたわけではありませんが、父のことをご存じで、ビックリして喜んでくださったそうです。
その方ご自身被災されているそうなのに、こうして避難所に来てからもヘルパーさんとしてボランティア活動をしているとのこと。

本当に頭が下がります。
前の避難所の保健士さんや、今度の避難所のボランティアのヘルパーさん、
こういう方がいてくれなかったら、きっと母はつぶれていたと思います。
というか、父を連れての避難は成り立たなかったでしょう。

海外でも、被災後の現地の人たちの行動は、驚きと称賛の念で受け止められているそうですね。
大変な状況下にあっても、お互いに思いやりを見せ、助け合っていることが高く評価されているとのことです。
こんな想像を絶する悲惨な状況の中で、ただ見ているしか出来ない私ですら、誇らしい気持ちにさせていただきました。


でも、そうでない人もいたそうです。

母と兄たちが福島市内でガソリンを求めて並んでいた時、割り込みをした東京ナンバーのタクシーがいたそうです。

江東区と書かれたそのタクシーは、大勢並んでいる列に割り込みをし、人のいい田舎の人たちもさすがに怒って文句を言う中、いけしゃあしゃあと給油をして走り去ったそうです。

たぶん、震災後、誰かが東京からそのタクシーに乗って、福島まで駆けつけたのかもしれません。
タクシーの運転手も、東京に帰りたくて必死だったのでしょう。
その気持ちは分からなくもないですが、被災して逃げる途中の人たちですら整然と順番を待っていたのに、「自分だけはなんとか」 というその態度に怒りを覚えます。

まあ、そんな恥ずべき人は、全体からみれば少ないと思いますが。


話を戻して。




さっき、兄とも話をしましたが、今度の新しい避難所で腰を落ち着けるとのことです。

もしかするとそこもまた何かの規制に引っ掛かってしまう可能性もゼロではありませんが、それは今は考えないことにしましょう。


とにかく原発の状況が改善されて、一日も早く自宅に戻れますように。

それが今の一番の願いです。





今、東京でもぐんぐん気温が下がって来たようです。

寒い地域で避難生活を送っている被災者の皆さんが、少しでも暖かい夜を送ることが出来ますように。









Comment

編集
なんとコメントしたら良いか分からずに
ずっと読み逃げしてしまいました。
今日のこの記事を読んで少し安心しました。
遠く離れていてどんなにかご心配で歯がゆい事かと
Mayuさんのお気持ちを思うと胸が詰ります。
でも、ご両親はきっと幸運の星に守られているんだと
今日の記事で思いました。
どうかこのまま事態が好転しますように。
ご両親のご健康と一日も早くお家に戻られますよう、
そして心から安心出来る日常が戻ってきますよう
お祈りしています。
余震も続いていますので、Mayuさんもお気をつけて。
2011年03月16日(Wed) 18:53
★MIHOさん
編集
ご心配をおかけしました。
そして、ずっと見守っていてくださって、ありがとうございます。
クー太君やきなこちゃんは、地震の時は大丈夫でしたか?
みおんは、少しの間だけ(2時間くらい)隠れていましたが、後はすっかり平気で、伸び~っとなって寝ていました。
大物です(笑)

途中、いろんな紆余曲折がありましたけど、結局、いいところに落ち着くことが出来て、今は本当に安心しています。
母も、「お父さんは運が強いのかもね~ 戦争の生き残り、シベリアの生き残り、ヨッシーの生き残りで」と言って笑ってました。
今も、周りに盛大な迷惑をかけながら、本人は結構落ち着いて穏やかにしているそうです。
津波に遭ったこともトラウマにならず、それだけは良かったなぁと思います。

今夜はこれからだいぶ冷え込むそうですが、今いるところはとても暖かいと言っていました。
昨日まではかなり寒かったらしいので、それだけでもありがたいことです。
後は、一日も早く原発の事故が収束して、また元の穏やかな日々に戻れますようにと祈るばかりです。

2011年03月16日(Wed) 20:41
編集
あぁ、良かったです、良い所に落ち着かれて。
ベッド・暖房・クリニック・お薬・ヘルパーさん・・・読んでて目がクリクリになりました。

前の場所の皆さんも絶対ヘルプしてくださるとは思ってましたが、本当に暖かい配慮ですね。

どうしても自分とリアルに置き換えてしまって、
少なくとも水が使えないと、清潔も保てないよぅ・・などと。
あの力仕事を、気兼ねもあって母上が頑張り過ぎてないだろうか・・とか。

今、目の前の一番優先される、自分が出来ることを
皆さんされているんですね。心強い同志。
お父上はお父上の感じ方でちゃんと分かっておられると思いますよ。

・・レオくんが「なんだよ、いったい」って
混乱してるんだろな。レオくんファイト。







2011年03月16日(Wed) 21:15
編集
少しいいニュースを読めてうれしいです。
Mayu-☆さん も日々ものすごいストレスだと思います。お身体大事にね。
東京も冷えてきました。東北の映像を見ると雪が降っていてそれはそれは寒そうです。物流がうまくいくようになって灯油やら食糧やら生活必需品が潤沢に届くなるようにと思っています。時間の問題だとは思うのだけど、その待つ時間が本当に辛いと思います。
2011年03月16日(Wed) 22:51
編集
ご両親が、より生活しやすい避難所に移られたとのことで、あったかいところでよかった!と、ほっとしました。

顔見知りのヘルパーさんも同じところにいらっしゃったということ。沢山の好運と奇跡が重なったのですね。すごいです。
私自身は、主人の両親と息子夫婦のところへの計画停電の準備などに忙殺され、(ガソリン不足で、なかなか動けないお嫁さんは、二歳と四歳の子供を 抱えています。息子は、6時には家を出、夜遅くなる仕事なので、あてにできません。) なかなか福島の親戚の状態を把握できません。なかなか電話も通じません。避難してくれていることを祈ります。

携帯を知っている友人とは、やっと連絡が取れ、無事が確認できました。
福島に住んでいる友人は、やっとガソリンを入れ、原町に1人暮らしのおかあさんを迎えに行けたそうですが、ご主人に嫌な顔をされたそうで、聞いていて涙が出ました。
なんて人間だ、と思いました。

原町を出たのは、高1の春でした。本当に良いところですよね。最近は、原町のことばかり考えていました。虫の知らせだったのでしょうか。

まゆみちゃん。本当に懐かしいです。

絶対、いつか原町で会いましょう。

自慢の故郷が、一刻も早く復興するよう祈ります。
被災された皆さんが、無事戻られることも、強く祈っています。

心労が続く毎日ですが、身体に気をつけてくださいね!


長くなり。すみません。
2011年03月17日(Thu) 06:53
★キャサさん
編集
本当に恵まれているよね。
それだけじゃなくて、避難していて寝たきりみたいになってしまっているので、リハビリの計画まで立ててくださったって。
もう何と言っていいかわからないくらい、ありがたいです。

今、県内や近県各地で多くの人たちが助けてくださっているけど、その地域の方たちって、人が良くて考え方も進んでいるんだって。
地元のわかにゃんが言ってた。
そうでなかったら、介護老人の父のことまで手が回らないから仕方がないっていう感じだったと思う。
もしそうなったら辛いけど、それもまた状況を考えれば仕方がないと思うしね。

本当は、その地域に住んでる兄の仕事関係の人が、自宅にぜひって言ってくださったんだけど(旅館か何かでお部屋がたくさんあるんだって)、何しろ父がいるので、やはり人手がたくさんある公共の施設の方が助かるの。
頼りっ放しで周りの皆さんにはご負担をおかけして申し訳ないけど、現実問題としてそうするしかないと思っています。
キャサさんなら分かってくれると思うけど、本当に重労働なんだよね。
寝たきりの人のお世話って。
どれだけありがたいか、何度言っても足りないくらい。

レオね、ずっと車の中で待機中みたい。
避難所の中には入れられないので、夜は寒いだろうからって、兄夫婦が車の中で一緒に寝てるんだって!
それもどうよと思うんだけどなぁ。
たまには足を延ばして寝ないとダメだよとは言ったんだけど、今、アドレナリンバリバリ状態みたいでね~
こっちで、一時預かりのボランティアさんとかいないかどうか、連絡取ったり探したりしているところ。
ピックアップさえしてもらえれば、私が可能なところまで迎えに行って、うちで面倒見られるんだけどね~
いろいろ頭痛いです。
2011年03月17日(Thu) 11:27
★サエコポン
編集
サエコポンもずっとありがとうね~
いやはや、本当にどうしてこんなことになっちゃったんだろうって、未だに信じられない気持もあるくらいです。

おかげさまで、不幸な出来ごとの中では、恵まれた結果になっています。
今のところはね。
もうこのままずっとこの程度のことで済んで欲しいと、それだけ願っています。
もうこれ以上悪いことが起きないようにって。

実家の方って、滅多に雪も降らないし、たまに山の方に雪雲がかかってると、「あぁ、飯館の方はきっと雪だね」なんてよく言ってたの。
今、まさにそこにいるわけで。
より寒い地域に向かって移動というのが、お年寄りには余計辛いと思う。
せめて今年は早く暖かくなってくれるといいなぁ。

昨夜、やっと12時ごろに寝ました。
なんだかいつもソファでテレビ付けたまま寝ちゃってて(節電はどうした!)、やっとちゃんと寝た感じ。
おかげさまで、少し体重が減ったよ~
転んでもただでは起きないよ~(泣笑)
2011年03月17日(Thu) 11:36
★Hitoeちゃん
編集
ご親戚の皆さんとは、その後、連絡はつきましたか?
ここ2日くらいは、だいぶ電話もつながりやすくなっている気がします。

前にいた小学校から、大勢の方が移って来たらしいんだけど、みなさん「こっちは天国だ~」って言ってたって。
もちろん、地元の皆さんの温かい気配りはどちらも同じなんだけど、建物そのものが、新しいところの方が整っているんだって。
本当に本当にありがたいです。

それにしても口惜しいのは、原発に関する風評被害です。
室内退避区域に指定されただけで、その地区に入ることを拒む物資運搬の運転手。
無知な民間人だから仕方がないのかな。
そのお友達のご主人も、悲しいね。
と同時に、人間としての程度が知れます。
でも、そういう人、多いんだろうね。
やみくもに恐れるのは、頭が悪いからだよ。
本当に口惜しい。

復興。
原発事故の迷惑を受けている地域は、まだそれ以前の問題だよね。
今まさに、災害は、人災は進行中。
昨日から今日にかけては、うれしいこともあったんだけど、ニュースなどを見るにつけ、とても信じられない状態に置かれている故郷の状況を知って、頭が痛くなるほど悔しくてたまりません。

いつか、故郷で笑い合える日は来るんだろうか。
早く、原発事故が収束して欲しい。
それからがやっと故郷の再出発だね。


2011年03月18日(Fri) 20:30












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